MENU

新潟県(米県)

新潟県は旧越後国と佐渡国からなっていますが、古代の越後国府は京都に近い上越市の海岸付近にあり、上杉謙信の春日山城も同じ上越市の内陸部にありました。

 

江戸時代に入っても、徳川家康の六男である松平忠輝が60万石の領地と共に封じられ高田を開きました。ところが、大坂冬の陣の恩賞を不服として夏の陣に参戦せず徐封され、それ以降は北へ重心が移っていきました

 

新潟市付近は信濃川下流の好位置を占め古代から淳足柵が設けられました。本格的に発展をしたのは十八世紀に河村瑞賢が開発した西廻回船の寄港地になってからで、幕末には幕府領となり、安政の通商条約で5つの開港地の一つとされました。そのときに税関として建てられた洋風建築が新潟市郷土資料館として残っています。当時は佐渡の人口も多く、船便も考えてここに県庁が置かれたのは自然な選択だったといえるのではないでしょうか。

 

信濃川は大河ではありますが、放水路のお陰で流量は安定しており、市内には大規模な堤防がありません。このために、街並みぎりぎりのところまで水が満ちてどこか美しい風景となっています。万代橋から新潟港にかけての夜景は全国でも最高のひとつと言われています。

 

長岡は牧野藩7万石の小さな城下町でしたが、明治以降になって鉄道の開通で交通の要地となりました。さらに高速道路や新幹線まで整備され、長岡技術大学や造形大学も開設されています。こうした発展に、地元の田中角栄(元総理)の貢献が大きかったのは言うまでもありません。

 

柏崎には世界最大級の原子力発電所がありますが、巻町での建設計画は住民投票で反対が多数を占め挫折しています。計画の是非はともかくとして、住民投票という直接民主主義的な手法の積極的な評価へのきっかけとなりました。

 

県外からのハイテク産業の立地も順調ですが洋菓子のブルボン、おかきなどで知られる亀田製菓、舞茸を全国区にした雪国まいたけなど、新潟県にはユニークな食品メーカーが発達しています。

 

「越之寒梅」は純米酒ブームの火付け役としての功績大。そのほかにも、新潟には人気ブランドが多く存在します。もっとも、日本酒の味については、個性を表現するボキャブラリーを開発すべきではないでしょうか。

 

パリに意欲的な蔵元が集まって日本酒バーを作り、全国の名だたる名酒が集められて、カラー印刷の豪華なメニューにそれぞれの特色が書いてあるのですが、「大雪山の秀麗な姿を思わず清冽な味」などといった類の固有名詞に頼った説明ばかりで、フランス人の食通に結局のところ「どれもあまり味に違いはないのですね」と笑われたことがありました。日本酒を世界に通用させようなどというならそういう努力も必要です。

 

新潟県民の県民性は真面目で忍耐強く、人を押しのけてもという風ではないとされています。このためか、東京の米屋、銭湯などは新潟県人が多く見られます。

 

有名人としては田中角栄氏の他には、歌手の三波春夫さんや小林幸子さん、ジャイアント馬場さんあたりが新潟のイメージによく合っています。

 

新潟の祭りは伝統的なものではありませんが長岡の花火大会や新潟祭は華やか。佐渡の朱鷺は絶滅寸前ですが海岸美は変わりませんし、昔の金山の跡も観光地化されています。

 

皇太子妃雅子妃殿下の実家である小和田家は村上藩士の末裔。テーマパークでは新潟市のロシア村、柏崎のトルコ村というユニークなものが健闘しており、寺泊の魚市には観光バスで東京からも買い物客が来るほどです。